製品貸与:ヒビノ(株)
昔からオーストリアブランドのAKG(アーカーゲー)のヘッドホンが好きで、特にリファレンスシリーズが好きでした。開放型ならではの音場の広さ、ヌケの良さ。他のヘッドホンを沢山聴いた訳ではありませんが、AKGのリファレンスシリーズは間違いなく素敵なヘッドホンだとこの耳が言っています。

最初に出逢ったのはAKG K 490 NCでした。ノイキャン付きのこの小さくコンパクトに畳めるヘッドホンがお気に入りで、洋楽やロックなんかを聴くには最高でした。長い間使ったのでボロボロになりました。

次に初めて出逢った開放型ヘッドホンはK701です。その純白のハウジングとその清流のような素直な音質に惚れ込み、これも長い間使ってました。しかしある日片側の音が出力されなくなり、泣く泣くお蔵入りとなりました。デザイン・音質ともに高い次元のヘッドホンでして、決定的にAKGが好きになったのはこのヘッドホンのお陰でした。

今は同じくAKGのK702を使っていますが、K701の音質を色濃く残しながら、仕事でも使えるリファレンス・モニターヘッドホンとして愛用しています。
しかしAKGのリファレンスヘッドホンにはK812というフラッグシップのモデルがあり、1度は聴いてみたいなと思っていたところにヒビノ(株)さんに出会い、相談してみた結果今回製品をご貸与頂くことが出来ましたので、素直にレビューしてみたいと思います。
<AKG K812ブランドムービー>
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デザインコンセプト

- 「最高峰のリファレンス」
K812のコンセプトは、「スタジオモニタリングにおける究極のリファレンスツール」。つまり、録音・ミキシング・マスタリング作業において、音の細部まで正確に再現し、判断材料として信頼できるサウンドが求められました。 - オープンバック設計
自然な音場と空気感を再現するため、K812はオープン型を採用。密閉型に比べて開放感があり、よりスピーカーに近いリスニング体験ができます。 - 人間工学に基づくデザイン
長時間使用するエンジニアやクリエイターのために、ヘッドバンドやイヤーパッドの素材や形状にまで配慮されており、快適性と耐久性の両立を図っています。
開発背景

- 新開発の53mm超大型ドライバー
K812には、AKG史上最大となる53mm口径のドライバーが採用されています。このドライバーは、広帯域再生(5Hz〜54kHz)を実現し、音のニュアンスや空間の奥行きまでも正確に表現できます。 - 磁気回路とボイスコイルの刷新
高い応答性と正確な音像定位を目指し、強力なネオジウムマグネットによる磁束密度1.5T(テスラ)の磁気回路と、銅飛膜アルミニウムを使用した超軽量な2層構造のボイスコイルを搭載。これにより、音の立ち上がりや細かなダイナミクスの再現力が大幅に向上しています。 - プロフェッショナル現場からのフィードバック
開発段階では、世界中のプロフェッショナルエンジニアやマスタリングの現場からのフィードバックが綿密に取り入れられたとされており、スタジオでのリアルな使用感が反映されたチューニングが施されています。
K812とK702の基本性能

K702と違いK812はインピーダンスが低く、感度が高いということです。これがどういうことかと言うと、USB DACがなくともきちんと音量が取れて音質も良い、という事になります。(もちろんちゃんとしたUSB DACがあった方が音は良いです。)
またドライバーサイズもK702や他社製品と比べても53mmとかなり大口径となり、とてもダイナミックな音質が期待できます。
ただし重量は約390gと、K702と比べて1.5倍以上重たいので、そこが長時間のリスニングにどう響くが課題でもあります。
AKG K812の第一印象

箱がとても重厚なイメージで、独特なオーラが出ています。
黒の中に薄っすらと浮かぶK812の絵柄がマッシブで、何かが起こる予感を想起させます。
そして大きくて重いです。

箱を開けると、工作精度が難しそうな何枚も天然の木製素材を重ねて「曲げ」で作られたヘッドホンスタンドに、黒くてツヤツヤした何かが埋まっていました。
あまりに異質で、何枚写真に収めてもこうなってしまうのです。
第一印象まとめ
まるで黒曜石の様な漆黒の黒と、シルバーのメタル素材で組み合わされたその質感は、まさにフラッグシップと呼ぶに相応しい大人の佇まいを漂わせています。
AKG K812のデザイン性

各部を見ていきたいと思います。
ヘッドバンドはメッシュ素材で作られており、長時間の着用でも通気性の良さを感じさせます。
また弾力もあるため、頭頂部が痛くなる、という事もなさそうです。
というかこのメッシュの感じがとても作りが良く、見た目もプロっぽくてかっこいいです。

別の角度から見たハウジング部分。AKGの密閉型のヘッドホンでは当たり前だったハウジング部分の「AKG」ロゴが開放型のヘッドホンにも初めて付けられました。アイコニックな存在感がカッコいいです。

このソリッドなメタル感と漆黒のブラックのコントラストがたまりません。メタル部分は金属で作られており、触るとひんやりしています。ハウジング部分の手触りも高級感にあふれ、プラスチッキーさはゼロです。全体を支えるフレームは硬質なゴムの様な素材で作られており、ややしなるようにできています。
AKG K812 とK702のスペック比較

筆者が愛用しているリファレンスヘッドホン「AKG K702」と性能を比較していこうと思います。まずはスペックから。
項目 | AKG K702 | AKG K812 |
---|---|---|
タイプ | 開放型 | 開放型 |
ドライバー | 45mm ダイナミック型 | 53mm ダイナミック型 |
インピーダンス | 62Ω | 36Ω |
感度(SPL) | 105dB | 110dB |
周波数特性 | 10Hz – 39.8kHz | 5Hz – 54kHz |
ケーブル | 着脱式(Mini XLR) | 着脱式(LEMOコネクター) |
ハウジング素材 | プラスチック主体 | メタル(アルミニウム製) |
重量 | 約235g(ケーブル除く) | 約390g(ケーブル除く) |
国内価格帯 | 約3〜4万円 | 約12〜15万円 |
注目すべきはドライバーサイズが53mmあるということ。このサイズは他社と比べてもかなり大きい部類で(SONYは70mmなど出していますが)ダイナミクスや音圧等の向上に貢献します。AKG K702と比較してもかなり大きいです。
またインピーダンスがK812が36Ωと、少ない電気効率で鳴らせることができ、スマホやポータブルプレイヤー直挿しでも音が痩せずにしっかりダイナミクスが得られるスペックとなっています。
また、感度も110dbと非常に高く、一般的なUSB DACはもちろん、PC・スマホに直挿しでも音量ががしっかりと取れるスペックとなってます。
周波数特性に関しては、人間の可聴範囲は20Hz〜20KHzと言われています。(ハイレゾは40KHzまでと言われています。)なのでAKG K702でも充分な性能を持っていると私は思います。K812のこの周波数特性の数値は、人間の可聴域では聞き取れない空気の震えや、振動などを無意識下で感じさせるための音への拘りだと思います。
ちなみに開放型+ドライバー53mmで、かつ超高感度&低インピーダンス設計というバランスを保ってるのは今のところK812くらいしか存在しないようです。
AKG K812の機能性
密閉型ヘッドホンだとANCボタンやブルートゥースペアリングボタン、音量のプラス・マイナスボタン、カスタムボタンなど色々なボタンがあって操作に迷いますが、AKGの開放型ヘッドホンには基本ボタン類が付いていません。なので何も考えずケーブルを刺すだけで音楽を楽しむ事ができます。音のみに全てを集中させるプロ仕様の哲学が感じられ、とても機能性に優れていると私は感じます。

ケーブルはAKG K702、812共にリケーブル出来るようになっており、いざ断線や故障した時でも互換性のあるケーブルに交換すれば治ります。また、リケーブルのメリットとして、社外品の高級ケーブルに交換して音質の沼にはまり込む事もできます。バランスケーブルを買って対応のUSB DACに刺すとさらなる音の沼が待っています。
AKG K812とK702の装着感比較

AKG K702の装着感から。
オーバーイヤー型のヘッドホンと謳っていますが、実際には耳がスッポリ入る訳ではなく、やや耳を潰して収める形になります。側圧は普通で、モフモフとしたベルベットタイプのイヤーパッドも含めて長時間の着用でも耳が痛くなることもありません。イヤーパッドは先代のAKG K701に比べてややソフトです。唯一難点を言えば、イヤーパッドの素材が黒なので汚れが目立ちやすい事でしょうか。また、素材が災いして汚れが付着しやすいです。

続いてAKG K812の装着感です。
まず感動したのが 本革(?)のしっとりとしたイヤーパッドの質感。そして耳をスッポリと覆う快適さ。高級サルーンカーの革シートに埋もれるような心地よさです。何時間装着しても蒸れる事もなく、ソフトな側圧も相まって何時間でも心地よく付けられます。このパッドを私はベンツパッドと呼びます。ただ一つだけ難点があります。ヘッドパッドのメッシュ素材が災いしてか、前かがみになってキーボードを打ってたりすると、ヘッドホンがずり落ちてきやすいということ。滑りがよすぎるんですよね。でも一日かぶっていたら滑りも落ち着いたので、これは慣らしだったのでしょうか。
AKG K812とK702の音質比較
AKG K702は私の中では最高に良い音楽を届けてくれるヘッドホンであり、映像制作の仕事にいてもリファレンスチェックに絶大の信頼を置いています。なのでこの音質比較はとても楽しみにしていました。じっくりと聴き比べ、評価していきたいと思います。
リファレンスに使った曲は以下です。
- 今井美樹/SLEEP MY DEAR
- ダイアナ・クラール/Like Someone In Love
- DEEPFOREST/Sweet Lullaby

ミュージックアプリはAUDIRVANA(オーディルヴァーナ)を使用しています。今年から使い始めてますが、Apple Musicとは明らかに音質に差があります。排他モードの再生はもちろん手持ちの曲のビットレート/サンプリングレートをDACの性能限界までアップコンバートする機能もあり、ビットパーフェクトで聴きたい真摯なリスナーからゴリゴリのカスタマイザーまで満足させるアプリで、音楽好きにはたまりません。利便性はApple Musicの方が明らかに上ですが、音質を求めてAUDIRVANAにして私的には正解でした。Qobuzと連携して使っていますがハイレゾの楽曲が多く、音楽の承認欲求を満たしてくれる稀有な存在です。

USB DACはAudinstのHUD-mx1を使っています。15年前の製品でかなり古い製品ですが、新品で購入してから約10年、一緒に音楽を楽しんできました。近々Fiio K7に乗り換える予定です。サンプリングレートは24bit/96kHzと、ちょうどQobuzの提供するハイレゾ音源と同等です。
今井美樹/SLEEP MY DEAR
AKG K702
ウォームな温度感で中低音の情報量もよいです。ミッドトーンの厚みがある代わりに、解像感は薄っすらとヴェールをかぶる感じ。しかしそのお蔭で耳当たりが非常に優しくふわりとした音に仕上がっています。音場が広く、空気感を伝えるサウンドというか、長時間のリスニングにとても向いています。
AKG K812
初動の音圧からしてレベルが違います。低音が非常に豊富で、本当に開放型のヘッドホンかと思うほど。解像度もK702のそれとは段違いで、ウォームな感じはありませんが、非常に鮮明で音の分離感がハッキリしています。艶があり、ヴォーカルが前に出てくる感じでダイナミックなサウンドが味わえました。開放型らしくヌケが良く、音場も広大ですが密閉型の良い部分も併せ持つように感じます。
ダイアナ・クラール/Like Someone In Love
AKG K702
この曲はマスタリングの質が高く、特にヴォーカルの温度感が伝わってくる名曲です。そのためにヘッドホンの性能が現れやすいです。K702はここでもやはりヴェールを一枚被せ、ウォームで耳当たりの良い音です。しかしベース低音は量感たっぷりで、厚みのある曲を聞かせてくれました。全体的に暖色で適度に解像度があり、耳に刺さらない優しい音です。
AKG K812
いきなりベースが大きく立ちはだかり、すぐにダイアナ・クラールのヴォーカルが解像度の壁を突き破り、まるでそこにいるかのような吐息もれる存在感を示します。このヴォーカルの距離感は凄いです。まるで耳の側で歌われているかのような定位感です。ピアノは踊り、ハイアットは生き生きと。K702とはまるでエネルギー感が違います。
DEEPFOREST/Sweet Lullaby
AKG K702
イントロがちょっと音が奥に引っ込んだような感じがしました。本編に入っても少し物足りなく、音に元気がなく、厚みがありません。この曲とは少し相性が悪く感じます。先の二曲が良かっただけに「?」のマークが頭に浮かびます。しかし途中から良くなり、音場の広がりを感じさせてくれました。序盤がちょっと印象が悪かったですが、中盤からは全体的に良くなりました。
AKG K812
音圧がまるで違います。全体がとにかく生き生きとしていて、立体感のある定位が広大な音場にバチッとはまって豊かな音楽を聴かせてくれます。明瞭感も高く、細かい音の一つ一つが滑らかに響き渡ります。この音には驚きました。とにかく豊かで音の塊がブワッと拡散して周囲を音で包み込むような立体感です。
まとめ:AKG K812は凄かった。

正直これほどまでに音の差があるとは思いませんでした。AKG K812はモニターヘッドホンらしからぬパワフルな音の響き、音圧、熱感、解像度、全てが素晴らしいです。音が艶々しており、この音を一度聴いてしまうと沼ですね。欲しくなってしまいます。しかしK702も決して素性の悪くないヘッドホンだと、聴き比べて分かりました。このK812はここでお別れですが、とても良い体験が出来ました。音楽の世界はまだまだ深いです。これからも色んな新しい音に出逢い、音楽をもっともっと楽しんでいけたらなと思いました。
製品貸与:ヒビノ(株)